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2011年4月 1日 (金)

対策本部と作業員の連絡用PHSが一部復旧

リンク: 対策本部と作業員の連絡用PHSが一部復旧 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).
公共機関では PHS が良く使われているって話は聞きますが、まさか原発で使われているとは思いませんでした、つうか、今までは作業員の連絡さえままならない状態だったんですな。
自宅に戻ってきて、地震発生当時のテレビの録画を見直しています、地震発生から20日以上が経っていますが、その間に自宅で寝られたのは僅かに一日だけでした、とにかく目まぐるしく走り続けた日々でした、まだ始まったばかりでこから本番なんだげとね。
自分の箸で飯が食えること、自分の湯飲みでお茶が飲めること、自分の布団で寝られることなどなど、今まで当たり前だったことにいちいち感動しながなら生活をスタートしました。
悲しいこととしては、これまでも何度か紹介してきた「金魚のおっきー」が亡くなりました、原因はじーちゃんの餌のやりすぎでした、地震の際にはバケツが倒れ、毎日の水換えも出来ずに、ここまで生き延びたのにつまらないミスでお星様になってしまいました・・・
ガソリンはまだ入手難です、食糧事情は良く解りません、水は水道水は洗い物だけで口にするのはペットボトルの水を使っています不足してくるのが心配です。
心配といえば、いわきに戻ってから余震をあまり感じなくなりました、ぐっすり眠れて感じていないだけなら良いのですが、関東圏に居たときに比べて極端に少ないような気がするのでなんとなく変な気分です、これは逆に言えば茨城県のほうが地震が多かったとも言える様な気がするのですが、多分これは気のせいでしょう。
子供達は不安で一杯だと思いますがなんとか頑張ってくれています、上の子は中学生になるのですが津波で校舎が使えないので、他の地区の校舎が使えない新中学生と一緒に入学を祝う会をするそうです、実際の授業は小学校の空き教室を使って始める予定だそうです、その小学校も屋内退避エリアの直ぐそばなので、本当に大丈夫なのか心配です。
被害というより残骸になってしまった場所もあれば、それほどの被害があるようにも見えない場所もあり(家の中はめちゃくちゃなんでしょうが)、運不運というにはあまり理不尽な現実なんですが、自分が生きているという現実は真実なので、この種をまき芽をだし大木まで育てて行こうと思います

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コメント

お元気そうで何よりです。
金魚のおっきーはかわいそうでしたね。
ツイッターのフォロー、ありがとうございます。
こちらもフォローさせて頂きます。
ご自宅に帰れて、本当によかったです。
まだまだ緊張した日々がつづくかと存じますが、
お身体に気をつけて、頑張ってください!
みんなで応援しています!

Melody さんいつもありがとうございます、まだまだ復興どころか復旧もまだなんですが、とにかく普通の暮らしのような感じには戻ってきました、それにしても人の力って凄いんですね、日に日に復旧していきます、とくに水が出てからは人がどんどん戻ってきて(あっしもその口でしたが)、この調子で行くとたちまちのうちに昔に戻るんじゃないかと・・・そんな簡単にはいかないでしょうなぁ。
空中放射線量は自分の考えている安全な数値に近づいてきています、が、それでも平常時の10倍もあるんですよねぇ、まあやっと水道水から検出されなくなったんで、水だけは安心して飲めるようになったんだけど・・・念のために子供達にはペットボトルの水だけで暮らしています、安心は金が掛かりますなぁ

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